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1995年1月17日の阪神・淡路大震災は、遅くても5ヶ月前に予知できていました。専門的な地震予報図と地震の予知方法も参照してお読み下さい。2003年5月5日 図1では、1983年から2001年9月の間、中国・四国地方で観察された地震活動の静穏と臨界的な静穏(CQ)との関係を説明します。図の横軸は、イベント数mで、左側の縦軸は日数を示します。図1のラベル番号40は、地震の予知方法で説明されたCI-60で、それは60個の連続した地震を発生するのに費やした日数を表し、41は、20個の連続した地震を発生するのに費やした日数を表しています。従って、日数が多くなれば、MAGが3.5以上の地震活動が静穏になった事を意味します。地震活動の静穏が大地震の予兆となっている状況を明確にするために、MAGとLONとの要素時系列を、重ねて表示しています。右側の縦軸は、地震要素がMAGの時系列24a用のスケールで、5以上のMAGだけが表示されています。LONの時系列は、15aで表示されていて、そのスケールは右側の縦軸を使用した相対表示です。LONとMAGの要素時系列では、それらの値の増加方向は、上向きです(これから説明される図3の表示方向とは逆です)。2つの群発地震10aと10gは、LONの時系列上に示され、MAGが6以上の地震に関しては、10bから10hまでのラベルが24aに付けられています。10aから10hまでの地震は、プレート境界の地震ラベルと次のような対応があります。 10a=S84,10b=84,10c=85,10d=95,10e=97,10f=00,10g=S01,10h=01 CI-60には、明確な地震活動の静穏が、イベント番号、m=783の時発生した阪神・淡路大震災(10d)の前に出現し、その静穏には、3つの段階がm=625から780のイベント間に存在しています。
第三段階で、静穏は、大地震の数日から数時間前に終了します。第二段階にある第二番目のCI-60のピーク40dが神戸地震の最終的な予兆になっていて、応力蓄積の臨界状態を表しているようです。そのピークは、40dの真下にあるCI-20のピークとも一致します。このような、40c、40e、40fからなる第二段階の急な静穏(この静穏を臨界的な静穏、CQとTEC21は名付けています)は、主な地震もしくは大地震のほぼ2〜3ヶ月前に先立って生じています。このような状況は、他地域の大地震に関連する地震活動の静穏とCQにも現れています。 この地震活動の静穏を表すCI-60の波形の幅の大きさ、或いは、波形で囲まれる面積等は、地殻に蓄積される歪エネルギーに比例すると考えられ、今にも発生しそうな地震のマグニチュードに比例しているようです。 図2は、臨界的な静穏CQが、DEPとINT加速度の振動波形の位相反転とMAGの加速度の負の振幅値の状態を持って出現する事を示したものです。それら加速度は、地震の持っている要素、LAT(緯度)、LON(経度)、DEP(深さ)、INT(地震の間隔時間)、MAG(マグニチュード)を地震の発生順に並べたデータ列(時系列)の加速度で、変動周期がほぼ60イベントとなっています。縦軸は、各加速度の大きさを表す任意なスケールです。ただし、振幅値の大きさの表示は、上側がマイナス、下側がプラスとしています。
そのようなCQに40b、40c、40d、40e、40f、40gのラベルが付けられています。CQと関連する地震は図1のラベル番号の関連から特定出来ます。例えば、40dが阪神・淡路大震災10dのCQとなります。他のCQの説明は省略します。この阪神・淡路大震災のCQにおけるDEPとINTの位相反転は、INTの加速度が正のピークを持ちます。そして、このCQは、INTの加速度が完全な位相反転直後(m=745)から、ほぼ半周期後に終了しています。つまり、INTの加速度が、半周期に相当するほぼ30イベント経過してあの大地震が発生している事が判ります。実際に観測された半周期は30イベントより長く48イベントです。この事から、CQを検出後、地震の発生時刻を早くても30イベント後、遅くて48イベント後と予測できます。次に、阪神・淡路大震災の震源が、いかにして予知できていたかを地震要素の時系列のイベント期間、m= 480 - 800(1989/06/29から1995/01/17の期間)を取り出し説明します。 図3は、このCQの完全な位相反転を検出して、その震源を予知するために、移動平均したLAT、LON、DEPの時系列を、CQが出現した箇所からINTの加速度の半周期イベントまで、線形補間をした様子を示しています。線形補間の一例を、各矢印42a、42b、42cで示しています。INTの加速度振動の半周期後に予測した地震発生の時刻m=782まで延長すると、矢印が示すLAT、LON、DEPの読取り値が予測震源となります。その、読み取り値は、北緯34.5度、東経135度、震源の深さが16kmとなり、神戸地震の実際の震源、北緯34.70度、東経135.08度、深さ16.08kmと驚くほど近い事が判明します。図では、実際の震源と予測値との差は、12a、15a、18aが、神戸地震で太い線に変わるように表示されているので、太い緑色の線の終端と、各矢印42a、42b、42cの先端との差となります。この様な、予測方法は、調査した中国・四国地方と関東甲信越地方の過去の大きな地震にたいして全て検証されています。イベント時刻の予測は、すべて正確ですが、震源予測の中でLAT(緯度)とDEP(深さ)の予測に関しては、予測値から1.5度程南側へ、そして20km程深く外れた2000/10/06の鳥取県西部地震の例もあります。しかし、外れた要因は、地震予知方法でなく、選択した地震がマグニチュードが3.5以上なので、地震要素時系列に表れる震源分布がその地震を作り出した地域に特有な地震の発生分布を反映していないからだと思われます。次のリストは、図3に使用されているラベル番号の簡単な説明です。
図2と図3に観測されるように、震源のDEPとMAGとの加速度は、同位相状態で振動していました。所が、その振動の位相関係が、1989年12月(m=512)に反転しました。最初は弱い振幅値の位相反転の振動でした。徐々に、振動の振幅値は大きくなり、そして、もとの小さな状態に戻り、1993年8月(m=719)に位相反転の振動を終了しています。この状況は、LATとLONで表される地震の位置情報を考慮に入れると、丁度、プレート境界をはさんで、浅いユーラシア・プレート側と深いフィリッピン・プレート側とで発生した地震が、お互いに、ひそひそ話を始め、大声で何か意見を交換し、やがてひそひそ話に戻り、話をまったく止めてしまった様な状況です。最後のひそひそ話が無くなったのは、阪神・淡路大震災の僅か1年前の事です。地震同士が、阪神・淡路大震災を起こす計画を練っていたに違いありません。 この特別な位相関係にある振動は、地震を作り出している広い中国・四国地方の領域が、数年にも渡って、如何にして大きな地震を、局所的な断層に準備しているかを記述しているようです。 |
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